『ブルー&ロンサム』のキース・リチャーズと稀代のポップ・メーカー:キース・リチャーズ


 

 

今回リリースされたザ・ローリング・ストーンズのブルース・カヴァー・アルバム『ブルー&ロンサム』が世界的なヒットを記録している。

 オリジナル・アルバムのレコーディング中に煮詰まった彼等が辿りついたのはルーツであるブルース。スタジオ内でのキースのアイデアだそうだ。そんな偶然によってシカゴ・ブルースを現代に蘇らせたアルバムの中で唯一、異彩を放っている曲がリトル・ジョニー・テイラーの「エヴリバディ・ノウズ・アバウト・マイ・グッド・シング」。ゲスト参加したエリック・クラプトンのギターを加え、ブルース・アルバムとしての統一感を持たせるようなアプローチを試みているが、原曲はゴスペルのヒット・ナンバーである。

 ストーンズのルーツと言われるシカゴ・チェス・レコードのブルースマンではなく、ゴスペル・シンガーのリトル・ジョニー・テイラーをチョイスしている事は非常に興味深い。ディープ且つマニアックなブルース・ナンバーの中、敢えてポップな曲を選んだところにミック・ジャガーと並ぶストーンズもう一人のキー・マン:キース・リチャーズのアナザー・サイドを垣間見る事ができる。

 

 巷で言われているように、果たしてキース・リチャーズはブルースがメイン・ルーツなのか?このコラムでは疑う事も大事だと考えている。

 ストーンズ加入当時のキースは、ミックや初期ストーンズのリーダー、ブライアン・ジョーンズのようにチェス・レコードのマニアでディープなブルースに憧れていたわけではない。キースにとってのチェス・レコードとはチャック・ベリー。ストーンズのファンなら御存知の通りチャックはキースにとって永遠のアイドルであり、キースは彼のギターを徹底的にコピーしていた。ストーンズがデビュー前から一時期、ロンドン・エディスグローヴのアパートでブライアン、ミック、キースが共同生活をしていた際、ブライアンはキースにブルースを理解させようと自慢のブルースのレコードを盛んに聴かせたが、ロバート・ジョンソンに対するキースの反応は今ひとつだったと言われている。

 

 結成からデビュー直後まで、ストーンズはシカゴ・ブルースの他、チャック・ベリーやボ・ディドリー等黒人ロックンローラー、ロカビリーのディール・ホーキンス等のカヴァーを演奏していた。恐らくキースが推進したと思われるが、このキースのチャック・ベリー、ロックンロール愛が、ストーンズのサウンドに別の効果をもたらす。

 本来ややシャッフル気味で4ビートのブルースを、更に細かく刻んで8ビート、所謂ロックンロールの縦ノリで演奏する事によって、それまでグッと腰に来るタメを効かせたリズムが特徴だったブルースにスピード感が加わった。このキースのギター・スタイルを活かすアレンジによって、ストーンズはブルースをポップ感あるダンス・ミュージックに変身させたのだ。ロックンロールのカヴァーでもこのリズムを応用、原曲より更に早いテンポ・アレンジで演奏するようになる。当時としてはパンク・ロック的なアプローチとブルース以外の曲を演奏するブルース・バンドとしてストーンズはロンドンのクラブ・シーンで特異な存在となっていった。

 ストーンズが演奏する新しく熱狂的なサウンドに毎夜クラブに集まるオーディエンスが反応、ストーンズの人気は爆発する。ストーンズがギグを行うクラブはスシ詰め状態、満員電車のような狭いスペースで、全身を痙攣させステップを小刻みに踏む“トゥィッチ”というダンス・スタイルが誕生するほどだった(ストーンズの編み出したブルースのアレンジは、後発のザ・ヤードバーズ等ロンドン・ブリティッシュ・ビート・グループのお手本となる)。

 

 1964年、ストーンズ最初のアメリカ・ツアーでブライアンやミックにとって憧れの場所:シカゴ、チェス・スタジオでのレコーディングが実現した。しかし、キースはそれ以上の衝撃を受ける事になる。それは当時のアメリカ最新のリズム&ブルース、ソウル、そして同年2回目のアメリカ・ツアー時におけるハリウッド・RCAスタジオでのレコーディングとサウンド・プロデューサー:ジャック・ニッチェとの出会いだ。それはミックと共にオリジナルを作り始めていたキースの作曲、サウンド・メイキングに多大な影響を与える。コード進行や楽器の使い方、そしてデビュー以来シカゴ・ブルースのサウンドをベースにしていたストーンズに、ようやくデトロイト、メンフィスのサウンドを取り入れるキッカケとなったのだ。

 翌1965年にリリースされる大ヒット「サティスファクション」のギター・リフは、ソウルのホーン・セクションをファズ・ギターで再現したものであり、続くヒット曲「一人ぼっちの世界」でエコーを効かせたヘビーなドラム、シンプルなコード進行からサビ~アタマ戻りのやや強引な展開、荒っぽいコーラスもソウルにアプローチしたものだ。ロックンロールの他、ドゥ・ワップやコーラス・グループも聴いてきたキースにとって、モータウン、スタックスの新しい音楽は目からウロコだった。この体験を活かしたキースは、“イギリスのフィル・スペクター”になりたかった男、ストーンズのマネージャー兼プロデューサー、アンドリュー・ルーグ・オールダムによる企画アルバム『アンドリュー・オールダム・オーケストラ』に楽曲を提供、更にスタジオミュージシャンによるレコーディング現場にも参加し、コンポーザーとしてより磨きが掛かる。

 1966年、ストーンズ4枚目の英国盤アルバム『アフターマス』では初めて全曲オリジナル。それまでの黒いティストを残しながらも、キースらしい、ブルースではあまり使われない、寧ろソウル的なアプローチのマイナー・コードで所謂“泣き”のメロディーをプラス。キャッチーでポップ感溢れるナンバーが多数収録されている。同年にリリースされたシングル「マザー・イン・ザ・シャドウ」はジャック・ニッチェの助けを借りてブラス・セクションを大胆にフューチャー。キースは今まで蓄えた知識を反映させたかっただろう、実際にミキシングにも関与、少々やり過ぎたところもあり音の洪水になっているが、この経験はキースにとって後に活かされる事になる。しかし、この時期から、ブライアンが作曲作業に絡めず、スタジオで多様な楽器の演奏にシフトし、キースのギターの比重が増えていく。

 音楽も、そして時代も大きく変化し始めた1967年のアルバム『ビトウィーン・ザ・バトンズ』は前作『アフターマス』より更にサウンド・メイキングが進化。ボードヴィルやアイリッシュ、クラシックに至るまでアート的な要素を大いに取り入れる事になる。しかし続く『サタニック・マジェスティーズ』製作中にミック、キース、ブライアンが相次いで麻薬で逮捕。その影響もあり思うようにレコーディングが進まず混沌としたサイケデリック・サウンドになってしまった(このアルバム製作中にアンドリューはストーンズのマネージメントから離れ、バンドは完全にセルフ・コントロールになる)。この2つのアルバムは、ストーンズの歴史で異質な作品としてファンの間でも決して高い評価は得られていないが、共通するポップなメロディーはキースに負うところが大きく、近年では、そのアート的な要素を含めソフトロックのカテゴリーでも再評価されている。しかしギター・スタイルについては直線的なギターが多く、チャック・ベリーをベースにしたスタイルの限界が見え始めていた。この時期までのキースによる隠れた名曲は米国盤アルバム『フラワーズ』、英国盤アルバム『メタモーフォシス』で聴く事ができる。

 

 長引く麻薬裁判でストーンズの活動が思うように進まなくなったキースは、改めてブルースのレコードを聴き漁って自らのギター・スタイルを研究。同じ頃、元バーズ、フライング・ブリトー・バンドのグラム・パーソンズと知り合い、当時アメリカでトレンドになりつつあったカントリー・ロック、スワンプ・ロックに影響を受ける。キースはそれまでの8ビート、チャック・ベリーのスタイルを一度解体、オープン・チューニングのギターをベースにしたグルーヴ重視のリズム、そして判り易いキャッチーなメロディーに辿り着く。更にミックが連れてきたスペンサー・ディヴィス・グループ、トラフィックのプロデューサー:ジミー・ミラー、そしてミック・テイラーという最強の援軍を手に入れ、後のアルバム『ベガーズ・バンケット』、『レット・イット・ブリード』、『スティッキー・フィンガーズ』、『メイン・ストリートのならず者』に繋がる今も続く唯一無二のキースのギター・スタイル、そして一聴して判るストーンズ・サウンドが確立する。キースによる黒人音楽、ブルースへの新しい解釈であり、ストーンズの新たなスタートとなったのだ。

 

 最近、ストーンズにおいて流行のサウンドを取り入れる役を完全にミックに任せているところはあるが、レゲエやソウルタッチのバラードでのキースは、相変わらずポップな、時に美しいメロディーを作っている。また、ソロのアルバムではストーンズらしい曲もありながら、ソウルやゴスペルの曲が多く、どれもポップと“泣き”が巧みに共存する楽曲ばかりだ。ミキシングにおいてもメリハリの効いた音作りを心掛けている事が判る。

 

 ブルースに始まり、ロックンロール、リズム&ブルース、ソウル、カントリー、南部ロック、レゲエ、ディスコ、ヒップ・ホップ、果てはグランジに至るまで多種多様な音楽を吸収し吐き出してきたストーンズにおいて、その核となったのはキースである事は間違いない。キース自身が幅広い音楽リスナーであり、ポップ・マニアだからこそ、如何にリスナーに楽しんで聴いて貰えるかを考え、作曲、サウンド・メイキングに反映させてきたのだろう。更に60年代後半の空白期間を挟んで、ロックンロールと共に改めてブルースがその中に大きく加わった。
 キースのインタビューで「リフやメロディは天から降ってくる」という言葉を良く耳にするが、それは彼流の言葉であって、実際は長年積み重ねたモノを組み合わせ、そこに新しいアイデアを加えているのだ。決してタダのロックンローラーではない。

 そのファッション、風貌、言動、そして度重なるドラッグ・トラブルによって、すっかり世間からはワイルドなロック・スターとして長年扱われ続けているキース・リチャーズ。だが、それはあくまでも彼のほんの一面にしか過ぎない。ローリング・ストーンズの中で、キース・リチャーズこそ、実は稀代のポップ・メーカーであり、サウンド・クリエイターという別の顔を持っている。今月18日で73歳を迎えるが、その感覚でもう一度素晴らしいサウンドを期待したい。

 

Text by 金子ヒロム